「パステルナーク抒情詩集全七冊ここに個人完訳」といううたい文句で、さいごの一冊『主題と変奏』がやっと出来上がった。もちろん訳者は、津軽を意識してやまない工藤正廣氏つまり僕だが、何とまあ粘り強いことだったろう。
『初期』『バリエール越え』『わが妹人生』『主題と変奏』『第二誕生』『早朝列車で』『晴れよう時』――この七冊に、かれこれ八年かかった計算だ。版元の未知谷は売れないに拘らず、二十世紀ロシア詩人の白眉たるパステルナークは出さないとならないという見識で、ここまで出し続けてくれた。
日本の詩人の方々も生涯で七、八冊は詩集を出す。パステルナークは寡作の方で、自分の全作品は三巻全集でよいと思っていたふしがある。実際には死後、全集は何巻にもなったけれど。普通は代表作詩集くらいで翻訳は済ませるのだが、僕は未練があってとうとう七冊全部になってしまった。あとは長編叙事詩が残っている。
さてパステルナークの全叙情詩の読みどころはどういう点だろう。人生の節目節目で出してきた詩集ということ。人生を不死の芸術へと変えたこと。僕の日本語訳では到底彼の詩、定型韻律の未曾有の音楽世界は再現できなかったものの、でも、音読で多少のことはできるように思っている。というのも僕の日本語は〈ロシア語・津軽の言葉・現代日本語〉のアマルガムだからだ。ロシア語の抑揚で声にすることも可能だ。津軽生まれでロシア語をやって僕は得をしたと思っている。
パステルナークの『ドクトル・ジヴァゴ』のヒローイン、ラーラのモデルとされるオリガ・イヴィンスカヤさんの思い出もあって、全七冊は完訳して、捧げねばならないという思いもあった。
これで宿題は終わった。
今回の一冊は、おりしも夏至の日に届いた。年に一度しかない夏至の日。地上の夏の花は、この宇宙の〈夏至〉(ロシア語では「夏直立」と書くが)という〈ことば〉が地上に降ってきて咲くという。詩集も詩人も、そのことばも、みなこの地上で一度限りの花。二十代でやり始めたものが、僕は六十五歳までかかってしまった。〈老ひの若葉〉の訳集となった。
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