レオニード・ニコラーエヴィチ・アンドレーエフ
[Леонид Николаевич Андреев]
1871年、露西亜西部のオリョールで測量士の家庭に生まれたが、中學時代に父を喪い辛酸を嘗める。幼時より読書を好み、學生時代はショーペンハウアーやハルトマンやニーチェに傾倒。ペチェルブールグとモスクヴァの両大學で法律を修め、弁護士の助手に。記者としても働き、時事戯評を執筆。1898年、新聞に掲載されたディケンズ風の短篇「バルガモートとガラーシカ」がゴーリキイに注目され、一躍、文壇の寵児に。1905年の第一次革命を歓迎したが、反動期に入ると失望し、1908年、フィンランドへ移住、戯曲を書き始める。1917年の十月革命後に亡命、1919年、心臓麻痺で死去、享年48。100近い短篇、7つの中長篇、28の戯曲を遺す。19世紀末から20世紀初頭の〈銀の時代〉を代表する作家で、「露西亜のインテリゲーンツィヤのスフィンクス」と呼ばれ、その作品では、生と死、光りと影、現実と幻想が、双生児のように羽搏き、写実主義、印象主義、象徴主義、表現主義など、多彩な様式のプリズムを透して乱反射する。日本でも、二葉亭四迷の名訳「血笑記」など、明治末期から翻訳され、露西亜では、20世紀中葉の〈雪解け〉後に高く再評価されている。今年は、生誕150年。