ドイツの三大児童文学作家の一人、「おはなし丸の船長」と呼ばれ親しまれているジェイムス・クリュスのデビュー作である。
「風のうしろの幸せの島」を探し求める若い作家は帆布工房の親方から一週間の間、「ロブスター岩礁の燈台」にまつわる物語を聞く。その物語の一つ一つはどれも楽しく、ささやかな日常の幸福感で満ち溢れている。カモメやネズミや海の精などの魅力的な登場人物の誰もがお話好きで、いくつもの物語の箱を開けては私達を驚かせてくれる。その楽しいお話に心を奪われて、読者もまちがいなく幸福な一週間を過ごす事が出来るはずだ。
「物語に大事なのはそれが本当かどうかではなく、美しいかどうかなんだから」と登場人物たちは繰り返す。大人たちは、大切なものが真実の中にだけ在ると信じてしまっていないだろうか。人間の価値というものは美しい物語を幾つ知っているかということなのかもしれないよ、とクリュスは私達に問いかけている。
子供の頃に描いた「幸せ」のイメージは、それがたとえ夢物語であったとしても、私達に生きる力を与えてくれる暖かく行く手を照らす明るい燈台の光だったはずである。
もしも私達が幸せのありかを見失ってしまった時には、心の中にある燈台の灯りを頼りに風が運んでくれた物語を思い出してみよう。波に打ち寄せられて砂に埋もれる貝殻を見つけたら、耳にあてて小さい頃の記憶の断片の「幸せ」の物語に耳を傾けてみよう。「幸せ」は海の彼方の風のうしろ側に、そう話す声が聞こえてくるだろうから。そして「カモメ・カルテット」の歌や、ネズミのテレーゼの美味しい茄子のマヨネーズサラダの作り方が聞けるかもしれないのだから。
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