朝、目が覚めた時、自分がカエルではなくまだ人間だろうかと鏡の前で確かめたくなる。この本を読んだ翌朝は、つい、こんな行動をしてしまう人が多いことでしょう。
作者の森荘已池は宮澤賢治と同郷の盛岡出身で、賢治を世に送り出した人物でもあります。そして賢治の作品と同じく寓話的なこの小説は、今から五十年近く前に「岩手の警察」という官庁の雑誌に掲載されたものだそうです。しかし小説の内容はまったく官庁向きでも警察官向きでもありません。カエルの社会がシニカルに生き生きと描かれ、読者を、ぐいぐいと水の中に引き込んでいきます。ある時はカエルとともに笑い、ある時はカエルとともに世の不条理に涙し、読者は知らぬ間にカエルと同化してしまいます。もし、この本がベストセラーにでもなったら大変です。カエル的自殺方法を試みようとする人や、カエル的美意識に冒され、カエル的恋愛をする若者が街にあふれ、芭蕉の「古池や」の句の解釈もカエル的考察により大幅に書き換えられることでしょう。
ですから、この本はひっそりと一人で読み、信頼のおける友人を選んで勧め、秘かにカエル世界について深く語り合うのに適しています。また、学校で妙にゆっくりとまぶたを開閉している友人に気づいたら要注意です。彼女は図書館でこの本を見つけ、読んでしまったにちがいありません。カエル世界に心酔して、今まさにカエル化しつつある彼女を、友人として再び人間世界に戻すために力を貸してあげて下さい。
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