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監修の辞
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小沼丹の全集が今度未知谷から出ることになった。うれしい。昔、小沼がまだ元気であったころ、小沢書店から小沼丹作品集が出たときもうれしかったが、今度もうれしい。本人がいないから、
「小沼、よかったね。おめでとう」
といえないのが残念だが、これは仕方がない。今度の全集が出るので、小沢書店の作品集を久しぶりに取り出して「村のエトランジエ」を読み、次に「黒と白の猫」を読み返した。「黒と白の猫」は、私が小沼の中でもいちばん好きな作品だ。気どりのない語り口でしみじみとした気持にさせられる、真性のユーモアをたたえたい。
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小沼文学は、わたしにとってたとえばひとすじの世にも清冽な瀧のようなものだ。ときおりそれに無性に打たれたくなって瀧壺へ下りると、水は万遍なく頭上に降り注いで汗や俗塵をきれいに洗い流してくれる。
その瀧水の感触は、学生時代に文藝雑誌に発表された「村のエトランジェ」や「白孔雀のいるホテル」などをむさぼり読んだときの感動とすこしも変わらない。その感触でわたしはどんなときでも直ちに我にかえる。小沼文学は、わたしにとって永遠に初心の瀧である。
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小沼丹とは昭和二十年「文学行動」という同人誌を作った時よりも古く、二十四年に武蔵野市の住人になって以来、家が呼べば答えるほどの近くだったので、長いつき合いであった。ある席で「小沼が亡くなって、話し相手がいなくなって淋しく思っている……」と言った。そばにいた三浦哲郎君が「おれがいるじゃありませんか」と言ってくれたので、大へん心強くうれしく思った。
小沼丹氏の全集が刊行されることは喜ばしく期待している。初期のものから小沼丹のトーンがあり、短篇の中に思わず胸にぐさりとくるもの、ユーモアの中の闇、読めば読むほど、面白味がでてくる。作品群も一巻から四巻までよくまとめられている。
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