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マクダ
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ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ナボコフ 著 / 川崎加代子 訳
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四六判上製224頁 2,200円(税別)
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ISBN978-4-89642-441-6 C0097
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代表作『ロリータ』の原型
少女の挑発に男は、ここまで身を投げ出すのか?
ナボコフ一流の描写が光る中篇小説 ロシア語からの新訳!
確かに思いもかけぬことだった。とくにクレチマルは九年間の結婚生活で一度も浮気をしなかった、少なくとも行為に走ったことは一度もなかったのだからなおさらである。「とにかく」とかれは考えた。「アネリーゼに洗いざらい話すか、それともなにも話さずに二人でしばらくベルリンを離れるか、催眠療法でも受けてみるか、いや、いっそきれいさっぱり葬り去るか……」これはしかし馬鹿な考えだった。まさか自分が一目惚れしたというだけで、いきなり銃を取ってよその女を撃つわけにもゆくまい。
導かれてゆく間、彼女のうしろ姿と歩きぶりをおぼろげに見分け、微かな風のそよぎを感じた。中程の列の端の席に坐りながら、もう一度彼女に目を向けると、かくもかれを打ちのめしたものを再び認めた。光が浮かび上がらせた、絶妙な切れ長の目の輝きと、偉大な絵師たちの手になる昏い背景の上に溶けてゆく、柔らかな頬の輪郭を。彼女が退いて、闇に紛れると、突然クレチマルは切なさと悲しみに襲われた。……
(本文より)
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目 次
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頁
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マクダ
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1
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訳者あとがき
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179
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ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ナボコフ [Владимир Владимирович Набоков] (1899〜1977)
1899年ペテルブルグの貴族の長子として生まれた。幼時からイギリス人とフランス人の家庭教師に薫育された。十代から詩作を試みるとともに、鱗翅目の採集に没頭するなど、博物学的関心も旺盛であった。1914年と1916年に私家版のパンフレットと詩集を出版。1917年、二月革命後にクリミアに避難、1919年、ロンドンに渡り、ケンブリッジ大学に入学。サッカーのゴールキーパーもつとめた。1923年ベルリンに移住。前年すでにロマン・ロラン『コラ・ブルニョン』の翻訳を発表していたが、以後、家庭教師をしながら創作に励む。1937年フランスに移住するまで、『暗箱(マクダ)』を含む傑作を次々に発表。フランス時代には『賜物』の執筆を開始した。1938年『暗箱』の改稿英語版『闇の中の笑い(マルゴ)』を出版。1939年、英語による最初の小説『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』を執筆。1940年アメリカに移住。大学で教鞭をとりながら創作をつづけ、鱗翅目の研究も行う。1953年『ロリータ』完成、1955年パリで出版、1958年にアメリカで出版されたのち教壇を去り、スイス、モントルーに移住。1977年に亡くなるまで執筆活動をつづけた。
川崎加代子 [かわさき かよこ]
早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒。野崎韶夫先生、新谷敬三郎先生に師事、ロシア語、ロシア文学を学ぶ。翻訳:アクショーノフ『パパ教えて』など。
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