【町田まり子さんのコラボレーション】
人形劇 ボクたちネコのお人形のコンビ


【第1回上演】


ボクたちネコのお人形のコンビ。出番を待って待機中。
 
ある日の夕刻、ボクらはブリヤン草の茂った広大な原野をつっ走っていた。
「左前方に大きな穴!」
「穴は深いのかナ」
「中に何かいるのかナ、ホラ、だれか落っこちていたり?」
 

そうだ。梯子を借りて穴に下りてみよう。
 
目が慣れるまで何も見えない。
「ボクはネコのお人形、よ、ろ、し、く」
「こちらこそ」二匹は固く握手する。
「それで、どうしたの?」
「夢中になって掘りすぎちゃったんです」
「それで、とりあえずどうにかして地上に出たいのかナ?」
 

三匹は色々と意見を出し合い、議論もした。それでもいっこうにうまい案は浮かんでこなかった。
赤ネコは穴の底から月を捜したが、月はすでに地平に向かって歩みを速めていた。ただ月の周囲の雲の尻尾が、銀色の光をひきずっていた。

「あしたまた来て考えよう」
「ウン」
ボクらの意見はあっさりと一致した。
ソロソロ登れ、夜の梯子段。地上に出た二人は大きく深呼吸する。冷気が体の隅々に滲みていった。


ボクら赤と青のネコのお人形のコンビ。
はりねずみいっぱいかごに抱えて街をねり歩く。


ボクらネコのお人形のコンビ、真夜中のライダーだ。皓々とした満月は荒地の凹凸を浮き彫りにしていたが、ボクらの行き先を読み取るヘッドランプの光にはかなわなかった。
「オヤ?」ライトの先が怪しく黒い影をかすめた。
ズドドドド! 急ブレーキ。

「なんだ、ありふれたただのモグラ君じゃないか、この前の」
「オロン、オロン、ありふれたモグラに違いないけど、この前のって?」
と以前の物語を忘れたモグラが応えた。
「フウン。それでどうして泣いているのかナ? なにか不都合でもあったのかナ?」
「……その、盗まれたんです……ミミズのいっぱい入った……、……箱ごと全部……、オロン」
 
赤ネコの推理によると、大切なミミズの箱を盗んだ犯人もオートバイで逃げたことになっていた。それも旧式のKGB29型だ。もちろん、タイヤの跡が決め手だ。
さあ出発だ。ドルルルルル。
ヘッドライトを頼りに、執拗に犯人のトレイルを追う。
ド、ド、トトトト、トト……ト。そこで突然エンジン不調。仕方ない、ひとまず停車だ。
 

こうして三匹は思いがけない休息を手に入れた。
でも赤ネコはマシンの調整に忙しい。青ネコは窮屈な座席からやっと解放されて、黄色のリボンをいじりながらそこいらをほっつき歩く。一方モグラはサイドカーの中でまだションボリ。
 
満月はいつの間にか前方の黒々とした森の上に浮いている。その森が深々と暗く沈んだ翼を広げて、遙か前方を走るヘッドランプの光を呑み込む。
こうして三匹は標的を失った。
「ひとまず休憩だ。森の中はまっ暗で月の光もあまり通さないし、ちょっと進むのは無理だからネ」
「ウン」
そうと決まったら焚き火の準備だ。三匹は小枝を拾う。
 

赤ネコと青ネコはじっと焚き火の炎を見つめている。何か考えながら? そんなことはわかりっこない。だって二匹はネコのお人形だから。
パチ、パチ、パチ。モグラは本に目を近づけてすっかり夢中。パチ、パチ、パチ、パチ。青ネコが枯れ葉をつかんで火にくべる。葉脈の赤い透かし彫りがクルクルと丸まっていく。
青ネコは火を見つめながら、ウツラウツラ。赤ネコは仰向けに、じっと星を見つめたまま。そしてモグラは、静かに頁をめくる。
 
追跡は?
ウン、もうイイヨ。
 

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