『サイクリング噺』の書評

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コ ー ド
ISBN4-89642-078-0
書  名
サイクリング噺(ばなし)
著  者
須山敏夫 著
書  評
タイトル
これぞ、道に楽しむドーラクなのだ
評  者
面谷哲郎 (おもやてつろう)
掲載誌紙
投稿
目次から奥付まで二五六頁を読み通すのに、ざっとひと月。俳句や川柳の評釈本でも読むように毎晩寝しなに、著者の走行を一つ二つ読んでいった。走行は四〇と二ほどある。泥酔した晩は読めないから、こうなった。さて人間、やってやれないことはないのだろうが、すごいお人だ。一九三四年生れなら昭和九年生れ。あ、六つ年上の小生の兄貴と同い年。戌年ですな。還暦祝いに自転車担いで富士山に登り、それから自転車で走り下る。そんな山岳サイクリングやロードレースの、五十代初めから六十代末までの記録をまとめたのがこの一冊。登山もサイクリングもとんと縁のない小生にはその元気さ、想像を越える。でも、ぽつりぽつり読むうち著者の走行の一つ一つを自分も体験するような気分になった。単なる無精で始めた読み方だったが、これ案外、正解だったのかもしれない。
サイクリングに疎い小生は読み初め、専門用語に少々戸惑ったが(これには周到な解説がある)、そのうち気にならなくなった。というのは言葉のセンス、面白い物言いに引っぱられたものだろう。例えば「愉愉快快!」、自由ならぬ「自遊」とか、「往きはヨイヨイ、帰りもヨイヨイ」「遠くて近いはお年寄り」。「車にやさしい国づくり」なんて山葵の利いたのもある。それに、門外漢の小生に読ませたのは軽妙な口調が巧まずして語る文明批評のごときもの。「美味名水などという言葉が使われるようになったのは、人間が自然を汚すことから生まれたもの」とか「人類の進歩、この辺でやめたら?」とか、勝手気ままに咲き乱れるアヤメの花盛りが、「管理社会をあざ笑っているかのよう」なぞ、ふむふむと頷いてしまう。
とはいうものの読む方にもつい力が入るのがロードレースで、圧巻は一九九九年四月の修善寺CSC。ドンケツにいた著者、最後の周回で前走者を抜くとき「なぜか体裁が悪い気がしたので」軽く会釈していった云々。このへん、いいなあ。そろそろ七〇に届くお年ながらまだまだ自信をお持ちのようで、それが嫌味でないところがいい。衆目に己をさらし喧伝し、七〇歳でエベレスト登頂なんてのとちと違う。そうか、あっちはショーバイだったか。こっちはドーラク、文字通り道に楽しむ豊かさがある。門外漢にもその豊かさ、元気が伝わってくる。本書ではいろいろ趣ある言葉に出会ったが、その一つに「ランタン・ルージュ」というのがあった。ツール・ド・フランスで用いられるとか。粋なもんです。関係ないけど、つい古い歌が鼻先にでてきました。♪赤いランプのォ終列車ァァ……。


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未知谷